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第16回弘前市都市景観フォーラム①基調講演①-2

これが、64年頃、2年間くらい、たぶん閉鎖して大改修をやっているプランです。ビフォーアフターなんて僕はやめろと言ったんですけれど・‥、書いてあります。要は40年、35年くらい前の大改修のこれは、グランドフロアーと言いますか、一番下のレベルの改修です。細かいことは、どうでもいいんですけれども・‥.例えば下の方とか、それから上の方に大きなプランの変更、これは中のプランも大幅に変更しています。たった十数年
で建物の要求を見直して、大きな変更をして使い続けることに対応しているということです。
 これはちょっと図面が、小さくなっていますけれど、あきらかに真ん中、ちょっと見にくいかもしれませんが、階段のあるところなんかを同じだと思って見ていただくと、随分と下側に大きく出っ張っていることとか、上側にも随分、大きく変形しているということがわかると思います。
 これも、例えば水廻りだとか、スタッフの部分だとかが、大きく変更されています。こういう格好で、その時にあわせて建物というのが、例えばある時期に、先程、申し上げましたように、その時代には、仕様がなかった技術的な問題、解決の限界みたいなものを、もう一度見直すとか、あるいは使い勝手の上で、あるいは予算の上で、ここまでしか出来なかったものを、ある時期にきちんと見直して、1年とか2年とか、閉鎖して、この建物
をもう一度その状況にあわせたものに切り替えていく。つまり、何て言うんですか。増築したり、改築したりすること、日本の木造建築のように、実はここの公共建築というのは結構しているんだなという気が僕はしたわけです。
 それで、これが読めるといいんですけれども「ロイヤルフェスティバルホール」の50年の誕生日の、これからどういう風に、この先、どうするかという市民に向けたパンフレットの表紙です。つまりここには、なんつまり、みんなて書いてあるか。“People's Place”のお城を21世紀に使っていくために、もう1回リニューアルしますというパンフレットです。これは、「50年たったんでしっかりやりまっせ!」というパンフレットの表紙です。後ろにミレニアムの大きな観覧車があったりするのが今だという、2000年ですということを表しているんです。
 これがそのパンフレットを拡げたところです。これは一番初期に博覧会を上でやっている時に「ロイヤルフェスティバルホール」が出来た写真、それから今度どうするかという写真です。模型の写真です。大きくは、この建物は驚くほどに、今度は、いわゆる鉄道線路との間にサポートする施設を大幅に増築したり、座席のイスを全部取り替えたり、大変な手間を掛けて、また、数年掛かりでこの建物は生まれ変わって、これからあとの50年
に対応します、ということなんですね。その説明が、永遠としてあるパンフレット。これが、先程のみんなが集まる縁の下のロビーのホワイエのところに置いてあるわけです。この横には、新しいイスも置いてありました。今度あなたたちが座る、「みなさんに座っていただくホールのイスは、これでございます」というのが置いてあって、「試しに座ってみてください」数年先の話なんですが、もうそんなこともしてありました。
 これが、その記念にBBC、イギリスの放送局が出したCDですね。あのファサードのところが、実は2つの写真が合成されていまして、出来た途端のファサードと、その後のファサードが合成されて50年の時間を表しています。そして50年間にどんなコンサートがあったかのダイジェストが、CDの中に入っています。これをみんなに売るわけですね。それからこっちの小さいパンフレットですね。これはここに“Donation’s Form”と書いてありますけれど、これがくせ者です。要はですね、「こういうことをやります。みなさん今後も楽しみにしてください。縁の下のコンサートは無料で、今後もずっとやります。無料で居てもずっと暖かいでっせ。とても素敵な音楽会をずっとやっていきます。お金ください」そういうものなんですね。「よしわかった。時々行っているし、バーで長時間、とぐろ巻いているし、まあそう言うんなら」という人を狙ってですね。つまり、お金を払ってください、というところまで含めて参加型なんですね。「よしわかった.じゃあ何万円出してやろうか」という人は、「俺、あのロイヤルフェスティバルホール、“People's Place”は、俺のものだ!」と一部思うかもしれませんですよね。こういう格好でお金を払うということを含めて、あるいは、ここでアソシエーションのメンバーになってこの運営に参加しようということも含めて、この「ロイヤルフェスティバルホール」は市民のものになって、市民によって運営されて、そこで起きている経済的なやりとり等は市民に向かって公開されている。これからどういう形でこの建物が改修されるかも、詳細なこういうパンフレットなり、何なりが用意されていて、市民がそれを知る。あるいは、市民が直接それに参画する。金を払う。そういう仕組みを非常に、何て言いますか、手厚く用意しているということを、僕は、この仕組みが快適だなと思ったわけです.
 今の“Donation's Form”にくっついている、後ろの方についている、一番裏の赤いページについているところです。ここで公開されている、この情報にもちょっとびっくりして頂きたい。建築って姉歯問題なんかもありますから、最近は構造家というのがいるんだということはお分かりかと思います。今度の改修に参加する主な責任者、エンジニアたちのスタッフはこういう人です。というところまであの小さなパンフレットに書いてあります。“Architects”は、こういう名前の人ですね。“Auditorium Acoustics”が、こういうところです。それから“Theatre Consultants”は、この人たちです。“Quantity Surveyors”品質の、何て言うんですかね。調査、検査する人たちはこういう組織です。それから“Services Engineers”主に設備系ですね。暖房とか冷房とか空調とか。他にもあると思いますが、トイレの水とか。それはこういうところです。“StructuralEngineers”これは姉歯さんみたいな人ですね。これは、こういうところです。“Fire Engineers”この辺がすごいですね。“Arup Fire”と書いてありますけれど、僕たち建築家の中では、世界で一番有名なコンサルタント会社です。あらゆる、この2行目から下は全部できる総合コンサルタント事務所が、‘Arup”という人のつくりあげた組織なんですけれども、そこは火災についての技術的なコンサルタントとしてだけ入っていますね。それからその下に、まだ2つもマネージャーとコンサルタントがいます。建築というのは、これだけ、少なくとも、今度の改修工事に伴って、主に登場するチームの構成メンバーだけでもこれだけいます。ということがあの小さなパンフレットに書いてあります。こういうことが、僕たちの、つまり逆にいくと、こういう人たちの誰かが問題を起こした時に、そのことが大きな問題になる。その大きな問題になるわけですが、それはどういう構造によって、何が起きたのか、ということを隠蔽せずに、きちんとこの段階からわかるようにしてあるというのは、たぶん半世紀前に、ここで言えば、“Auditorium Acoustics”この辺をやった50年前のエンジニアたちが、前川さんの事紡所の人が、必死に読み解いた情報を公開してくれたように、また、この人たちもきちんと情報を公開してくれるでしょう。その中ではやっぱり、それを見た人、それを審査した人、あるいは、それを良しとした人にも、応分の責任というのは、当然発生するわけですね。逆に言うと、その応分の責任というのは提案するカでもあるし、おもしろがっている社会の中では楽しみでもあるかもしれないわけです。自分がそこに関わること、自分がそこである判断をしたということ、それがうまくいった時には、当然すごい大きな手柄になるわけですから、僕がいることによって、あそこで僕がああいう風に提案したんだよ、みたいなことというのは、当然出来たものに対しては、自分自身の非常に充足した満足でしょうし、何もマイナスの話、内緒にしておいてほしい話ばかりではないわけですよね。それも有名な建築家一人が「僕がやりました」という話ではない。そういうことが建築の、ある意味では、みんなでつくるおもしろさであって、このみんなでつくる、デザインチームのみんなという以外に、今申し上げたような形で、こういうパンフレットを作ったり、あるいはCDを売ったり、あるいは、もっと言えばビアホール、というかビールを売るカウンターがあって、日々、そこの公共施設に人々が訪れてきて、そこで日々、人々が交流している。そういう場所を造っているということ、そのこと自身がたぶん全体が、非常に快適に、難しい問題もいっばい、実はあるのかもしれませんけれど、公開されている。それから引き受けられている。みんなが当事者である。そういう中で例えば、大きなリスクも、実は上手に回避されているんじゃないかな、という風に僕は思うんですね。本当言うと、その立川モデルも基本的には、今後のプロセスは、ずっとワークショップ等を通じて公開されていくことになります。日本の社会の中でこういうやり方が、そんなにまだうまくいっているわけではないですから。何て言いますか、予想通りうまくいくかどうか半分わかりません。しかし、みんなが手探りながら、当事者として参加し、当事者としてそのおもしろさの一端を自分が担っていくこと。それはもちろん責任という言葉でもあるんですが、責任を担っていくこととも言えるんです。責任というと日本語の責任というのは、日本人ですから、日本語でいいんですけれど、何か責任というと、あまりうれしくないニュアンスがあります。ありますよね? 当然、何か悪いことをした時の用語ですから・‥。だけど、たぶんですけれど、社会的任務、社会的責任、例えば行政の人に対して、みんな社会的責任があるだろうと言う。その「社会的責任」という時には、何か悪いことをした時という、そんなニュアンスがありますけれど、それの訳語の前の英語は「ソーシャル・レスポンシビリティ」と言うんだと思うんですね。「レスポンシビリティ」というのは、もっと短くすると「レスポンス」。「こっちに行ったら、こっちに返る」というのが「レスポンス」で、「責任」というのは、「こっちに行った時に、悪かったらこっちに返ってくる」というのが「責任」なんです。「レスポンス」は良い時には「手柄」として返ってくるのが「レスポンス」ですよね。必ずしも悪い言葉ではないと思うんですよね。「社会的責任」、「レスポンシビリティ」。だから、みんな任務があって、うまくいくようにしようね。だけど、うまく行かない時どうしようか。うまく行かない時はみんなでうまく行かなかった責任を、悪い方の責任を、「レスポンシビリティ」をみんなで背負うね、と言わないと、悪いかもしれないことが起きることは一切できなくなる。みんなでしなくなる。みんなでしなくなると、新しいことは、みんな誰もしなくなる。つまり、困ったことが起きることはしないという風にすると、新しい世の中は全然来ない。たぶん50年前にこの建物の情報を公開したのは、なぜかというと、たぶんいろんな人が関わって、いろんな手順を踏んで、いろんな風に考えました。どうでしょうか?と言った時に、いろんな人に責任が分担されるからだという風に言えると思うんですね。ちょっと言い方が、面倒くさい言い方で申し訳ないんですけれど、みんなが当事者になると、おもしろいことがきっとできる社会になると僕は思います。数人で影に隠れて、一つのことをやってしまうと、後でそこに問題が起きたときに、その数人は必死になって隠蔽しようとすると思うんですね。それからそういうことが二度と起きないようにするためには、冒険をしなくなると思うんです。だけど生きている以上、どんなお料理、さっきの話、たとえで言えば、くどいようですけれど、お料理人にしても、新しい味を作ってみたいと思う。建築家も新しい、今までの問題を、いくつかあった問題を片づけてみたいと思う。片づけてみたいということは一つの冒険ですね。そういうことをどうやったか。誰がいいと言ったか。「おもしろいね」と言ってくれたか。それが最後に「おもしろいかもしれないね」と言ってくれるのは、やっぱり、最後の所有者である、市民のみなさんなんだろうな、という風に思います。今回も立川で、僕はそれをずっとやり続けなければならないわけですけれど、立川では、ついに「そういう風にしてよ」と言う市民グループが建物の主人として現れて、そういうことになったわけです。このロンドンのケースというのは、たぶん我々よりも何十年か、何百年か先に、市民という主人になって、いろいろ苦労しながら主人を、慣れない主人をやり続けてきたイギリスのシチズン(市民)たちが辿り着いて、これが一番、まあまあうまくいく方法だろうという風に思いながら、やっている方法なのかなという風に思うんですね。我々も是非、これからです。これからは、今まであるストックをどう使うかということを含めて、市民のみなさんが当事者として、そういう言い方は変ですけれど、今ある市民のみなさんの資産なり、風景なり、建築なり、みんなそうですけれども、弘前市の主人は弘前市民、当
然ながら弘前市民であるわけで、税金を払っているみなさんがご主人なわけですから、ご主人としての手柄と、ご主人としての応分の「レスポンシビリティ」を、あるいは、興味を持って頂くことを含めてですが、それぐらいでも十分なんだと思います。関わって頂くこと、おもしろいと思ってくださること、そこからとても素敵な弘前市というのが、ものとしても、組織としても、仕組みとしても現れて、ここは何百万人の人たちが、年間余所の町やら、市から遊びに来たり、観光にいらしたりする。大変そういう意味で、日本中から注目されている街でもあるわけです。そこの多くの、余所から来る方々にも感心させてしまうような、そういう街にきっとなる。もうなっているのかもしれませんけれど、十分そういうポテンシャルと言いますか、底力を感じるし、前川さんの建物を、こんなにたくさん建てたということ自身が、その時の市長さんなり、何なりの大きなカなのかもしれませんけれども、この後ろにいる、本当のこの市の、弘前市の主人であるみなさんの財産を、みなさんがつくられたんだ、という風に僕は思ったわけです。ロンドン、ヨーロッパが何でも素敵なわけではないんですけれど、やっぱり建築家によく考えさせるカというのはお客にあります。お料理人によく考えさせる力も、たぶんお客にあると思います。お客が「ダメだ。ダメだ。」というと建築家は、たぶん育ちません。「カネだ。カネだ。」と言っても、たぶん育たない。建築家をやる気にさせる、たくさんの宿題を考えてくれるようにそそのかす。そういうことを建築家に対して、あるいは行政に対して、みなさんのサーバントに対して、みなさんがそういう風に上手な主人になってくださること。それは、例えば今あるみなさんの財産。くどいようですけれど、前川さんの建物を含めて、ここにあるたくさんの景観的な財産ですねみなさんが上手なご主人として今後改修したり、あるいは元気にしたり、あるいは保全したり、多様な方法で活かしてくださること。先程、楽屋では、「自宅にある、お爺さんが買ってきた骨董の価値は息子にはわからない」という話をしていたんですが、やっぱり息子も「なるほどお爺さんこんな物買ってきたのか。なかなか目利
きだね。」と、そういう息子になることも十分可能なんだと思いますし、そうなった時には、次の快適な息子の生活というのは、その骨董を素材にしながら始まるんだろうと思いますので、是非とても大きな資産を、財産を持った弘前市が今後、とても素敵にみなさんと一緒に、素敵な当事者たちによって、素敵に運営されることを・・・!選挙の演説みたいになってしまいましたけれど、期待したい.私が話したかったのは、そういう意味では、主人であるみなさんの所有物である公共財に、みなさんが先程の縁の下の経営者のように関わる可能性というのは、たくさんあるんじゃないか。そうすると、その場所はもっと活き活きするんじゃないか。よくわかりませんけれど、行政が部分的にNPO等に運営を任せることとか、それからたくさんの市民組織が、行政に代わって別の形で、いわゆるコミュニテイ、地域社会を支えることはたくさん起きてきているわけで、そういう中で公共建築そのものは、大きく使える財産として生まれ変わったり、変化したりする可能性を持ってるんじゃないかと。行政の方は、それでいいというかわかりませんけれど、そういう気がして…。「ロイヤルフェスティバルホール」は前川さんとも縁のある建物であったわけで、このお話をさせて頂こうと思って今日お邪魔したというわけです。僕はこの機会にたくさんの弘前の建物を見せて頂いたこと。見ることは料理を食べることのように楽しみだと申し上げましたけれど、大変たくさんの前川さんのお料理を食べさせて頂いて、本当に今回お邪魔して良かったと思っています。どうもありがとうございました。

(司 会)
野沢さまには、建物をどのように維持していくのか、またどのように使っていくのか、そんなことについて、将来に繋げていく仕組みといったものについてお話を頂きました。いろいろな今後の活用の仕方等についてのヒントがあったような感じがいたします。せっかくの機会でございますので、若干ご質問をお受けしたいと思いますが、いらっしゃいますか。何かご質問ございませんか。
ないようでございます。また後で、野沢さまには、対談の方にもご参加いただきますので、その時また、質疑の時間を持ちたいと思います。それでは、若干休憩させて頂いて、次の準備をさせて頂きたいと思います。休憩に入らせて頂きます。

2001年1月 3日 13:34 | 第16回弘前市都市景観フォーラム | コメント(0) | トラックバック(0)

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