住まいは住む人がつくる
住宅団地は誰のものでしょうか。住宅生産振興財団の『家とまちなみ』という冊子の記事を読んで僕はこれじゃないかと思った。そこでは、埼玉県狭山市の新狭山ハイツが紹介されていました。このレポートはすごく面白い。この記事を書かれた毛塚宏さんという人がすごいと思いました。僕と同い年で、一九四四年生まれ、東京農業大学出身のこの人がこの団地での充実した活動のコアなんだと思います。
ここは、三〇年ぐらいの前の民間分譲団地で、五・六ヘクタールの敷地に、五階建三十二棟の建物が建ち、七七〇世帯(一、八三〇名)が住んでいます(図11)。できて一〇年間ぐらいは、やはりただのふつうの団地だったらしい。ところが、ここに住んでいる毛塚さんたちが中心となり、シイタケ園、多目的広場、わくわく自然園、まち角広場だとか花壇広場を次々に整備し、商店街までつくりました。団地開発のときの遊水池で市の用地になっているオープンスペースを使って、毛塚さん自身農業が得意だということがたぶんすごく大きいんだと思うのですが、いろいろなことをしているのです。
共有財産を保全する管理組合とコミュニティを運営する自治会があり、その下に、「子育て」「福祉」「文化」「環境」の各部門に分かれ、たとえば「生ゴミリサイクルを考える会」だとか「楽農クラブ」は環境部門に入っています。これをつないでいるのが農業なのですね。
事業内容として、緑化の管理運営だとか、ビオトープの管理運営、生ゴミのリサイクル??これは団地の生産物のあるところ、生ゴミですね。それから肥料づくりだとか、共同農場の運営などの事業を基本的にはグループをつくり非常にフレキシブルに行っている。
僕の事務所のスタッフに、最近の状況を撮ってきてもらったのが、この写真です(図12)。長年の緑化推進本部による取組みで、緑豊かな今の団地の状況ですね。これは、団地の入口の防火水槽の上に木製デッキを敷いて花壇広場にしているところです。
生ゴミ処理の機械を持ち込んで、コンポストをここでは年間三トンつくっている。
「わくわく自然園」は、調整池。六〇〇〇枚のコンクリート平板をはがして自力でつくったビオトープです。楽農クラブは共同農場をもっています。やっぱり住まいは住む人間がつくるものなのですね。
この人たちが三〇年を超える生活を通して、団地の環境をつくってきたわけです。居住だけの、切り取られた場所じゃなくて、ここでは土日もここにいてたぶん面白いし、いろんなポジティブな生産が行われています。うちの事務所のスタッフは、スナップエンドウをもらって帰ってきましたが、すごくうまかったと言っていました。
「ふれあい広場」は、もともとテニスコートだったところをつくり変えたものです。毎年、夏祭りが行われています。
こんな感じで、ここでは、お金も動いて、コトも動いて、人も動いて、団地の生活が運営されています。最近の学生は、コミュニティだ、コミュニティだと卒業設計の課題で言いますけれども、コミュニティとは、こういう個性のことなのかもしれないなと思わせる面白いことが、実際起きている。そうすると、最初は、ただの羊かんが並んでいるように見えた団地も、非常に個性のあるものになっていく。
住民自らが団地を経営する
先ほど申しましたように、多摩ニュータウンなどでは、団地を経営する場所として、金も動き、金も生まれ、人も動き、モノも動くという場所として、自発的に経営していく動きがたくさん起きています。特に多摩と高蔵寺と千里、あるいはつくばのように大きい団地は、団地の中で、当事者同士の話し合いやお互いに元気づける試みも実際に起きています。
市民参加型というよりも、市民そのものが主人公であり、責任をもち、場合によっては手柄を自分たちのものとし、失敗を恐れなければ、社会も大きく変わりそうです。それと同じことが団地の中でも当然起きてくるでしょう。団地には考えることのできる人たち、あるいは社会的経験を積んだ人たちがたくさんいますので、その人たちが団地を経営するというか、そこをマネージしたり、自分の能力を生かして何かする人たちが出てくれば、いろいろな個性ある団地が生まれてくることになるでしょう。
変化のダイナミズムと団地再生
朝日新聞の日曜版の付録の「be」に「あっと!@データ」という小さなコラムがあって、一〇〇年ぐらい前の日本で人口が一番多かった県はどこか、というのがありました。いったい、どこだと思いますか。
新潟県なのです。つまり、農業がいかに優位な産業で、いかに豊かな暮らしをつくり出し、経済的な力があったか、いかに労働集約型であったか、ということを物語っています。
今では、新潟が日本で一番人口が多かったことを想像できない。僕がびっくりしたのは、そのぐらい世の中はダイナミックに変わったということです。今後もまた非常にドラスティックに変わる可能性がある。だから、都市とかまちが、これから変わっていくことについて歯止めをかけることができるかどうかもわからない。
団地が消えていくかもしれないとも思います。大きく、別の変わり方をここから先、相当なスピードでする可能性がありますから。そのときに、生活の場所をどうつくるのかということが、すでにある団地をどう再生するかということにつながっていくのかも知れません。僕たちがつくり変えることを非常にクリエーティブにできたら、大変面白いことになる可能性があると思います。
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