17日、日大三年後期の講評会、野沢ユニット課題は目下戸建てを建設中の東村山を仮想の敷地とし、生活の行動単位の検討(第一課題)から300戸の町まで(第二課題)を考えると言うもの。
西沢(大)、桑原、今村の各ユニットの課題傾向と色合いの違う設定、横河ユニットは団地再生残して計画する案が面白く見えた。
以下当日全体講評の対象になった諸君へのコメント
樋口君、彼が最初から考えていた機能単位をボイドではさみ住戸を構成する平屋による集落。住戸のバリエーションも多様で集合の形と住戸で囲まれ現れるオープンスペースの形も多彩、ただ集合のタイプを周辺住宅地の密度によって規定することがすべてはうまくいってはいない。中間的密度のところはとてもいい、多分一番検討もされているのであろう。南の高層住戸よりのところがまずい。集積の密度を上げてもこのかんがえかたでは難しいのだ。考察を組み立てて手順を追って思索することが出来ている。思索が届かないところが薄いのは仕方が無い。よくやったと思う。
為末君は個室、寝室を最小の単位としてPCのユニットとして据え。それを取り込んで囲む木造の庇のある矩形のシェルターを様々に作る計画。子供の勉強などいわば個室に付属する機能はすべて大きなシェルターの側のほど良いところに配されている。庇のしたも機能ごとに意味を持ち好ましい。学生のプロジェクトでこんなに庇のあるものは診たことが無い。集合のルールも戸あたりの敷地面積を決めプロポーションの違う様々な矩形を置くところは同意できるが様々な用に応じた外部空間が出現するところまでは行かなかった。これも手順を踏む思索の途中であり この先に考える楽しみがあるということだ。よくやった。
河合君は生活単位を家具からおこしつつ最小行動単位を設定、それらがつながれることで住戸が立ち現れる計画。特に背中合わせにされた水周りの単位は手だてになりそうで面白いもの。一部重なったりすきまを置いたりしながら配置される。これを建築にするところが面白いし難しい。すきまは床で埋められていくし、重なりは一枚に。そうした思考は住戸の可変性につなげることを思いつかせるのだが、ここが難所。そう簡単に動くのか?ということになる。多彩な住戸をこの方式で用意し、コミュニテイの中での住み替えを考える、そうしたストーリーのほうが良かったのかと思った。配置計画はフリーハンドではじからこれ等の単位を配置する力技。こんなにフィジカルに手を使って考える学生がいることがうれしい。フリーハンドの大図面はさぞかし家族の生活を脅かしたのではないだろうか。
岩田君はまず戸建てをつなげ連続させる、そしてそれを様々に屈曲させるこの操作で内部とともに外部に様々な場を作る提案。連続はしても住戸は接地し各戸は地表に入り口を持つ,しかし住戸はつながることでそのおのおのの領域を判然とはさせていない。この辺が現状の戸建、集合どちらにも批評になっていると思う。できのいい模型でも図面でも二連の住棟の間のスペースだけが注目されその外側、次の住棟とにはさまれた部分が空白であったことが惜しい。といってもそのことに当然本人が気付いている。配置計画も昨週より洗練されているこの先を考える楽しみが残されている。
プロセスを自ら思考ししかし大胆にそれを組み替えることも厭わない思いつくのではなく考え続けることが答えと説得力を生むこと。それが自らの思索への説得にもつながること。このほかの学生にも、そうした時間を持った者が多くいた。(野沢)
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