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ウエグナーとカーチス

数年前竣工の「小金井中町の家」にいく。ケヤキの落ち葉が玄関の屋根に積もっている。居間にウエグナーのデイベッドとテーブルが収まった。それを見せていただくのが目的であった。ちょうど良い具合であった。驚いたことに別に朱色のとてもいいイージーチェアがある。一見してウエグナーである。昭和45年ころ、この屋のご主人の母上が求めたものとのこと。40年近く母上が使っていたものとのことだ。背は大きなカーブする合板、座は例の紙紐を編んだもの。カシューで塗装されている。帰宅し織田さんの「名作椅子大全」で探したところカールハンセン、1950年ころの製作のようである。キャプションに「プロポーションはあまり美しくないが、座り心地はよさそう」とあるから織田さんもお持ちでないもののように見える。見事に部屋と調和している。プロポーションもなかなかのものである。とても嬉しい。建築より家具のほうが世代を超えて使い続けられる、と言うことが、不思議な感慨を呼ぶ。
この日はもうひとつ訪問する目的があった。無線操縦で飛ぶ飛行機である。クライアントは知る人ぞ知る、この道の大家。私の願いを聞き入れてくださり、作ってくださった。実際に飛ぶ機体である。機体はカーチス ジェニー。以下製作者に教えていただいた来歴を写す。

カーチス ジェニー (Curtiss Jenny)

1913年代、アメリカを代表する航空機メーカー・カーチス社は新型機の開発に苦労していたが、ことごとく失敗。ヨーロッパの進んだ技術を導入するしか方法がないとの結論に 達し1914年のはじめにイギリス、ソッピース社にいたB.ダグラス・トーマス技師を設計者として招いた。アメリカに来たトーマスは数ヵ月後の1914年春には試作機カーチスJの初飛行を成功させている。当時、第一次大戦で航空機が武器として活用されるようになり、パイロットの養成が急務となり、 練習機として開発されたジェニーが大量に生産され、その総生産数は8,000機を超えベストセラーとなった。大戦が終わった1918年に大量のジェニーが民間に放出され、アメリカ各地で遊覧飛行や曲芸飛行が盛んに行われ、アメリカ人が始めて乗った飛行機はジェニーと言われるほどであった。ライト兄弟のフライヤー次ぐアメリカを代表する飛行機となった。

2007年12月18日 14:05 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0)

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