「私の文化遺産踏査記」という本がある。ごぞんじだろうか。兪 弘濬というひとの著作だ。法政大学出版会から全三冊の邦訳が出ている。ただ三巻目が出るのにかなりの時間がかかった。その出版を待ちかねた記憶がある。これは愈氏の韓国国内のさまざまな寺社、文化財の踏査の記録であり、かの国のベストセラーといっていい出版のようだ。とても面白く、紀行文としてとしてもちろん第一級のものである。先刻私が浮石寺、屏山書院などを訪れた折、事前の知見資料としてとても役立った。こうした優れた著作に触れる楽しさは興奮を伴う。
時代がこれとは異なるが、岩波文庫が昨月と今月、プリーストリーの「イングランド紀行」上下二巻を刊行している。エドウィン・ミュアの「スコットランド紀行」に続いての出版である。この「イングランド紀行」が同様に面白い。1933年ころ、この作家は車でイングランドの全域を旅行する。不景気に包まれる綿糸羊毛などの産業都市、炭鉱の衰亡、キャドベリーチョコレートの企業福祉共同体、コッツウォルド、ナショナルトラストの30年代などさまざまな様態が活写され、当時のコミュニズムの位置などが面白いようにわかる。散らかった、汚濁にまみれた英国の諸都市がここにある。生産の状況は悲惨だ。日本もかなりの頻度で話題になる。産業革命、ビクトリア時代を経て半世紀か、なるほどと思いながら読む。今日訪れるイギリスはいかにもこの風景と異なる。ただし、ここに現れる風景が真実70年前の風景であったことに間違いない、とこの記録、そして今日の姿から思う。風景は様々に変転する。そして時として捏造される。
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