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昨日NPO団地再生研究会の理事会があり様々な話題が話された。
終了の前に菅さんから横浜根岸の米軍住宅返還後の街づくりを考える集まりについての紹介があった。
<3月17,18日。BnkART>60年以前に建てられた木造のデペンデントハウスが綿密な維持管理によりみごとに健在であることや、当時それらは日本人の手により設計され施工されたこと、そればかりかそこでは電気製品家具キッチンツールなど生活に必需なすべてが占領軍の要請と指導によりわれわれの先達によりデザインされ作られたこと。われわれが今日使っている様々なものがこの時に開発され工夫されたものと密につながっていて、そこで技術を得た企業が今日のリーディングカンパニーであったりする。そうした話が出た。このことについては以前住まいの図書館から小泉和子さんらにより占領軍住宅の記録、上下二巻にまとめられていて興味深く読んだことがあった。われわれは明治期に一度同じことを経験し、敗戦のときにそれを繰り返しているのだろう。しかし不思議なことに彼らのハウスが極めて集団的に維持され、集団のルール制限の中で一律の景観を作る事を当然のこととしているのにそのルールだけはこの国に伝えられることは無かった。沖縄のフェンスの内外でのブロック住宅の違いにあらためて驚いたことを思い出しながら根岸の木造を見たいと思った。(野沢)
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ここのところ、本や雑誌の話題ばかりが続く。
建築知識が「科学する建築家奥村昭雄を知る」と言う記事を隔月で連載している。
この企画は新建築「住宅特集」93年11月号で「科学するこころ」のタイトルの対談を奥村と私がしているのに注目したことから発していると編集者から聞いた。今号は愛知県立芸術大学がテーマ。当時図面を描いた永橋さん、それから僕が聞き役である。昨秋現地に赴いた折に撮影された写真が紙面を飾る。愛知芸大はマスタープランから始まり建物タイプも多彩であり、面白い話がありすぎて到底紙面に収まらない。ほんのさわり、と言うことだがこれを種にきちんとしたまとめが出来るといいと思う。(野沢)

カーサブルータスの最新号の後半の特集に絶滅危惧モダン建築の記事。
懸念している栃木県議会棟についてもかなり大きなスペースを割いている。
「昭和モダン建築巡礼」の磯達夫さん、宮沢洋さんがまとめてくれた絵解きのやわらかい記事だがこんな形で少しでもこの話が巷間に広く知られるようになるといいと思う。議会棟に関して言えば、何のことは無い壊した後は空き地になる計画なのだ。何とか残す方向になるといいのだが。(野沢)

例によってクーリエの記事について。
クーリエジャポン最新号はヨーロッパの森の幼稚園のこと、世界に広がる中流の崩壊のこと、トルコ、ロシアの言論弾圧、韓国における日本小説のブームのことなどほかでなかなかお目にかからない注目すべき記事が多い。ただし「森の学校」はエコがらみで特に注目して良い記事ではあるが、ほかは政治、社会ネタであり、建築ネタはすくなかった。その中でメキシコからの不法移民のためのエアドームの収容施設には驚いた。記事は人道に反すると伝えるが彼の国はこうした施設を作るんですな。<写真上>
もうひとつ、どう説明されるのか不明な謎の物件が。サーノーマンフォスター卿設計のエジプトの最高級ホテルの姿、何ですかこれは?そろそろ手の内が尽きましたか?フォスター卿?<写真下>(野沢)

住宅特集」と学会編集の「ソーラーアーキテクチュアデザインブック」が届いた。
「住宅特集」は難波和彦の「箱の家」の本について私が著した書評が掲載されているためであり、「ソーラーアーキテクチュアデザインブック」はいわむらかずお絵本の丘美術館」が掲載され、一部あとがきなど原稿を書くなど僕自身が関係した出版であることによる。事例の豊富さ、情報の確かさなどなかなか質の高い資料集となっていると感じた。大野二郎さんほか中心になってまとめたひとの努力が結果となっている。特に海外事例を通観できることもありがたいだろう。
是非お買い求めください。(野沢)

友人の丸山氏の個展が土曜日の始まった。
芸大の同期、有田で仕事をし、板谷波山の記念館のことが縁で下館に移り住みもう大分たつ。先日も友人とお茶室開きを口実に遅くまで酒を飲んだ。磁器の美しい仕事を続けている。専門的な技法はわからないが表面に彫りをほどこし白磁にうっすらと色をおく、モチーフは泰山木、桜、ふきのとう、などだが泰山木の葉の影の枝の姿などとていいものである。小さなふたものを手に入れた。ふきのとうが描かれたもの。
よろしければ是非。(野沢)

われわれが昨週末、竣工検査で出張の間に、東村山iタウンでは応募者の中から
当選者を決める抽選があった。以下木造ドミノブログ記事から転載です。坪37万!!は驚きです。(野沢)

第1期販売が締め切られ、登録者数が確定した。
ずっと倍率1位をキープしてきた木造ドミノ8-13・・・とうとう抜かれてしまった。
最終日の今日、迷いに迷った方たちの多くは価格的に安いアキュラホームに登録
した模様。
最後の最後に大逆転して、49倍とアキュラホームがダントツの1位になった。
平均倍率でもアキュラホームが23.5倍でやはりダントツの1位。
坪単価375000円(税込み)という価格で他の3社より450万円ほど安い価格が評価
された。

実証実験の他の3グループは、坪50万円でどこまでのクオリティを追及できる
かを競った。
ここでは木造ドミノが38倍でダントツのトップ。
平均倍率でも19.7倍とやはり群を抜いた。
この時期の販売が功を奏し、OMの暖かさと東京の木を使ったダイナミックな構
造が評価された。
審査委員長の藤澤先生の評価では、素人目の人気ではアキュラ、設計力ではドミ
ノだったとか。
街開きの時に見えて、各モデルハウスを内覧しての予側がピッタリと的中した。

さて問題の抽選会。
大勢のお客様が押しかけ、販売事務所2階の抽選会場には入りきれそうもない。
外にあふれた方たちで人垣ができていた。
倍率の低い順から抽選して行き、途中人たちを入れ替え制にして抽選会を行った。
当選された方は、片手を挙げ派手に喜びを表す方や、ニヒルにその場を立ち去る
方とさまざま。
共通することは、その席から立ち上がり壁際に立つこと。
これって、人間の心理なのだろうか?面白いな・・・。

週末、竣工検査で現地へ。
昼飯は「つき邑」でさけといくらの乗った蒸篭ご飯。隠れた名品である。
クリーニングも済みすっかりきれいになっていた。雨戸などの仕上がりも良い。南面には1メートル80センチのひさしがあり、東西へ回りこんでいる。ここには7メート20センチの大きな開口とテラスがある。当然だがここの隅木は1.4倍ほどながい。このことが今回の工夫のしどころであった。アテの材を使い交差する登り梁の下にそれをもぐりこませてバランスするようにしたのだが、墨出しが面倒だっただろう。ほかにも屋根勾配がすべて異なり垂木を受ける材の加工もすべて異なる。いつものことだが大工の薄井さんに感謝、良い仕事をしてもらった。反対に北側半分は、金属板に覆われまったく庇の無い構成。ここで床面積を稼いでいる。平均すると庇下の面積は通常の住宅並みと言うことか。ここの雨戸は外壁面に出っ張らない収まりにしてある。板金屋さんも上手かった。北側のテラスはその内側に半室内のようにある。ここは遠景に何も人工物が無い遠くに磐梯山の見えるテラスである。
クライアントが海外に滞在中のためわれわれだけであちこちチェック。屋根集熱は半曇天の気候、外気温4度の午後1時半で44度を示していた。急勾配集熱屋根の成果である。竣工して間が無いため室温はさほど高くは無かったが來冬は良い状況を作るのではないか。(野沢)

昨日講評会であった。今年だけの講師だったので何とか時間をとろうと考え出かける。奨励賞、辰野賞など講評の対象になる上位19点は選定済み。学生の前でこれらにつき学生のプレゼと先生方からの質問批評が展開される。聴衆には他大学の学生の姿もある。東大は全学生に卒業制作と論文の提出が必須である。全体にそうした負荷の割りに密度の高い作品が多かった。また教養課程のほぼ二年近くを建築に絞らずすごしていると考えるとここにいたるまで実質2年の専門教育の過程しかない、そのことを考えると学生の吸収する力をほめたくなる。選択するテーマは都市に偏る。ただしこれは指導教官の問題の設定によっている。「都市をテーマにしなさい」との仕切りがあるのである。指導が思いのほか手厚くほったらかしでないこともこの大学の特徴かもしれない。
はしけを引き込んだ豊洲の貯木場後をイベント、アートの施設とする服部君の作品、新宿荒木町のくぼ地地形に着目した渡辺君の作品、ゲームのような開発手法により湊二丁目のバブル期の虫食い地上げの痕跡の残るブロックへの逸見提案、下町東向島の狭小密集地に形態的ルールによる集落の計画をした林君、巨大なボリュームのマッスと化した、着地したラピュタとでもいえそうな片田君の作品、東大の周囲をめぐる道をテーマとして開き,穿ちしながら風景に働きかける提案の赤坂君などが高い得票を得、何回かの競技の果てにこのなかから今年から開かれる東大、芸大、東工大三大学公開講評会に出る4作品が決定した。
(野沢)

知り合いに「婦人之友」をもらった。
彼の娘さんのダンナの園芸家、ポールスミザーさんが神津カンナさんらと鼎談しているからなのだが、車内でパラパラみていたら数ページ前のグラビアに知り合いのニ重作桜さんの漆が。そして中ほどには目下東村山で協同作業中の半田さんの住宅が紹介されている。記事にニ重作桜さんたち磯矢さんの縁のある作家三人の展示会が青山「ジェムアート」で3月3日から25日まで開かれるとあった。(野沢)

建築知識今月号が矩計の特集です。おなじみの顔ぶれです。
いわむらさんのアトリエについて芸大の後輩の峯田建さんが現地見学の上記事を書いてくれている。私は名作編、清家さんの初期住宅のコメントを(談)の形で。(野沢)

東村山が高倍率になってるようだ。西側の住宅は24倍を超えているとのこと(昨日まで)。
こうなるとさすがにもう多くの人はあきらめるのではないか、もうそう大勢はここに応募すまい。ほかの二棟の住宅の応募も多く三棟平均で10倍超のようである。今回は三棟のみということもあるが、17日の最終日に状況を見て応募しようとする人も多いのではとの話もある。最終日までにはどんなことになるのやら。(野沢)

土曜は東村山プロジェクトのまち開きであった。
式典、テープカットが例のごとく執り行われた。都知事の出席、との触れ込みだったが,風邪とのことで副知事が出席した。翌日のTVで苦しそうな表情を見たので本当であったのだろう。当日から正式に申し込みも始まった。評判がいいとの話があるのだがどのような結果となるか。あらためて実証実験棟を見て、われわれと現代計画のチームがやろうとしている二つの方向がそれぞれ異なりながら併走していることを思った。それがどこまで支持されるかが興味深い。またアキュラの安さには驚く。姿も決しておかしいものでない。実証実験棟のブロックとそうでない部分の景観の差が気になる。まちづくりの視点は本当に具体的にその場所の様々な在るべき姿の予測が出来るか否かにかかっている。マーケッティングと既視の知恵だけでまちは出来ないのだろう。提案がなにより大切のはず。(野沢)

16日金曜日IDEEの新しいショップが青山にオープン。
長さんからの招待状を持ち,覗いた。道に面したおおきなガラス越しに例のダイニングチェアが数脚そしてそのそばに立つ長さんを発見。中に入る。ダイニングチェアは今回の復刻にあたって少しだけまた進化している。背の上部と座の前部分に新たな改良が加えられ、合板の小口がそこだけゆっくりしたカーブに加工してあるのだ。そのせいだろう、レザー張りのものと並んでいる姿が不思議に同調しやわらかい姿となっている。半世紀前のデザイン、ベーシックと言えばこれ以上ないベーシック、当時は建築も家具もそうしたものであったのだろう。それが少しずつ変わりながら今なお有用なのはなにより素敵ではないか。このダイニングチェアは先年足が成型合板によるものもデザインされた。三本の合板を三角形木片を挟み込むようにあわせ成型することで足と背受けとするこの手法。これもとてもいい。再生なった国際文化会館ダイニングルームに収められてもいる。こうした展開が85?才になってもなお長さんの頭から現れることがすばらしい。サステイナブルデザインの範。(野沢)

一昨日は横浜国立大学の卒業設計の審査会であった。昨日一日出張で報告が遅くなった。
当日、ほぼ丸一日をかけ19点が公開で審査された。会場には多くの学生が参加した。こうした公開の場で多くの教員によっていわば講評をしていく中で評点を決める仕組をとっている大学は少ないのではないか。審査は非常勤講師を含む関係する教員全員によって行われ、採点の持分は当然だが全員が平等にもつ。今回採点に加わった教員は21人であった。
学生の発表の後、様々な批評コメントを21人から受ける。延々夕刻までそれが続き、その後各人の評点が集計されることとなる。教員は最終の集計にいたるまでの間にホールの外に置かれたそれぞれの作品につき再度個別に質問を行い、感想を学生個々と応答しつつ評点を修正をし提出する。その後会場におおきな四角いテーブル席をしつらえられそこで集計結果が配られる。その中、上位数人の中から「吉原賞」一名ほか各種卒業制作展などへの出品昨品が選出される手順である。自ずから得点の高い者の中からの選定にはなるのだが様々な角度からの評価がありその応答が作品を擁護、問題の指摘となる。
今回は京浜運河の工業地帯のリノベーションを主題とした安藤君と群馬県央の巨大な工場敷地のこれもリノベーションをテーマとした田中君の二作品が高得点であった。横浜港周辺の水辺を敷地に選ぶものが毎年必ずあるのは横浜国立大学ならではであるし安藤君もその例に漏れない。それに比べ群馬の巨大な工場を敷地とする着眼は予想を超えていた。これらが高い評価であったことはとりわけ計画のプログラムに説得力を感じたからに他ならない。同様に説得力のあるプログラムを萩の市街地に空白として存在する空地を様々なコミュニティの場とする近藤君の作品、中野の木造密集地域に一定のルールを提案する石井君の作品にも見ることが出来た。このほか高速道路のサービスエリアの地域とのコネクションを通じ新しい意味を持つものとする高橋君の作品などに高い評価があった。ほぼ同等の特に高い評価を得ていた上記二点のうち安藤君を「吉原賞」とすることで長い審査は7時過ぎに決着した。毎年のことだが横浜をフィールドとする提案が目に付き、また数年来の傾向とつながる平準化?マンネリ化が感じられないこともない。造形の安直さ?も気になる。大学も大きく変化をし始めるようだ。私はあと三年教えることになる。計画の説得力を一層望みたいと思う。(野沢)

昨秋応募した木の建築賞の結果が来た。「木の建築賞」であった。
「大賞」「審査員特別賞」は逃した。「大賞」は入之内さんの幼稚園であった。「木の建築賞」は作品賞が3点、三井所さんともうひとり清水国寿さん、ほかに活動に与えられる賞が三点であった。ほかに、賞にスポンサーのつくコンテンポラリーウッド賞、ハイブリッドアーキテクチュア賞があったが「いわむらかずお絵本の丘美術館」がこれらに該当しないのは当然であった。機会を見てほかの受賞作を見てみたい。
今回はある人からのお勧めがあり応募をしたのだったが、12月のはじめには安藤邦廣さんはじめ数人のかたに現地に来ていただいた。そんな機会に様々な応答があることがありがたい。「いわむらかずお絵本の丘美術館」も10年になろうとしている。次の10年に向かい新しい動きをはじめるための模索も始まりつつある。「作品」と「活動」の両面で評価されるときがくるといい。もちろんそのときの「活動」は木の建築フォラムの言う活動とは幾分フィールドを異にするものではあるのだが。(野沢)

木の建築フォラムのHPへ

ウインチェスターといっても銃ではない

サイモン ウインチェスターの本が面白い。最初に読んだのは「世界を変えた地図」ウイリアム スミスと地質学の誕生 二冊目に「クラカトアの大噴火」世界の歴史を動かした火山で息をつかせぬ面白さであった。
「世界を、、」は1800年ごろのイギリス最初の地質学者についてのもの、当時の産業革命の状況が地質学誕生の機動力であること、(ウイリアム スミスが当時の動脈であった運河の断面などからイングランド全土の地質図を作る。)や社会の仕組み(学問としての地質学は特権的階級の学者?のものであり、彼の功績は長期にわたり認められることが無い)といった背景への踏み込んだ記述に驚く。
「クラカトア、、」は1800年代末、スマトラ島とジャワ島の海峡で起きたこの名の火山の大噴火についてのもの。当時植民地開発の拠点であったバタビアのこと、ヨーロッパへのこのニュースの伝達と当時のマスメディア、などについての説明もある。
ほかに彼の著作で翻訳されたものとして「博士と狂人」、これはOED編集の物語(読んいない。)がある。
このほど「世界の果てが砕け散る」が出た。サンフランシスコ大地震と地質学の大発展との副題がついている。プレートテクトニクス理論をはじめとする地質学の最新の状況を下敷きにしたもの。先週の朝日書評のトップに紹介されていた。今読み始めたところだ。
ウインチェスター自身がオックスフォードで地質学を学んだ人であることがこうした著作を生む事を可能にするのだろうが、ポピュラーサイエンスの分野でこれほどのレベルのものが出版される、ライターがいることがうらやましい。早川と言うと、ミステリー、SFの出版社の印象だが、ここがこの分野の出版にも力を入れている。(野沢)

「20世紀を代表するデザイナーの一人であるハンス・J・ウェグナー氏が、2007年1月26日に92歳で亡くなりました。彼は『マスター・オブ・ザ・チェア』と呼ばれ、その生涯で400脚以上もの椅子をデザインしました。 彼のデザインした椅子のいくつかは現在も生産されており、今も尚多くの人々に愛され続けています。ハンス・J・ウェグナー氏のご冥福を心よりお祈りいたします。」
と言う訃報が入った。

家具のデザイナーはなんだかみんなとても長生きのように思う。
モーゲンセンとウエグナーは友人でありいい意味のライバルだったのだろう。生まれた年も一緒のようだ。ただしモーゲンセンは1972年に亡くなっているのだが。
私のところにも大きく高価なものは無いが、いくつか彼のデザインのものがある。
事務所には例のYチェアが,自宅にはシェルチェア,クロームの足にメープルの背もたれと皮の座のついたアームチェア、ピーターズチェアとテーブル、三本足合板の座のダイニングチェアなど、どれも一本ずつだ。

清家さんの家のコレクションにたくさんのウエグナーがあったことを思い出す。籐の背中のシーツが背もたれから出てくるデイベッド、籐のものは多分大分ビンテージものではないのだろうか、籐のかごが引き出しについている毛糸編みのテーブルもあった。確か食卓も例の三本足のチェアとセットのものではなかったか。なつかしい。

ウエグナーさん、ご冥福を祈ります。(野沢)

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