土曜日、立川で実施設計説明会があった。台風の影響で雨風ともに強い。そのためか会場は閑散。せっかくの市民向け説明会であったが残念であった。ただし、基本設計までの作業とその後の実施のための作業には大きな違いがある。基本設計の段階で多くの応答が設計に反映している、そう考えると実施の終了は通過する里程標なのかも知れない。ここまで来た。
土曜日、立川で実施設計説明会があった。台風の影響で雨風ともに強い。そのためか会場は閑散。せっかくの市民向け説明会であったが残念であった。ただし、基本設計までの作業とその後の実施のための作業には大きな違いがある。基本設計の段階で多くの応答が設計に反映している、そう考えると実施の終了は通過する里程標なのかも知れない。ここまで来た。
昨日パーティであった。永橋さん担当の新日鉄の代々木クラブが会場。大分改修されていて昔のイメージは外観のみのようではあるが縁のあるところでの集まり。「20メートルに7階を入れた」と永橋さんの話。今回は研究室OBだけでない、周辺の人にも声をかけた、とのことで長さんにもお目にかかることができた。
昨日授賞式、写真を撮りたい、とのことで会場へ行く。この場で金賞などを決めるイベントがある。受賞作品の多さなどから多数の人でにぎわっていた。ボードの前で写真に納まる。数人の予期しない知人に会場で出会う。グッドデザインがこんなに盛大なものとなっていることに驚きつつ、投票など会場でのイベントには参加せず早々に帰った。
えい出版から表題をタイトルとする本が出た。以前雑誌の形で出版されたものの書籍化である。小型になり、扱いやすい。自宅が掲載されている。
イングランド紀行、スコットランド紀行のことあり、「ABC:国際構成主義の建築 1922−1939」大龍館書店、を通勤の友にする。気になっていたマルトスタムのことが詳述されている。きわめてうまい建築家であったのだろう。ここではロッテルダムのファンネレはスタムの設計となっている。チューリッヒでたずねたブロイヤー設計の二棟の住宅群はアルフレッドロートエミールロートとの協同設計であった。リシスキーの立ち居振る舞い、ソビエト社会の存在、社会状況との格闘がイングランド紀行に現われるスラムと貧困のヨーロッパにとって極めて大きなものであったか、を考える。そしてブルーノタウトも同じ時代の中を生きた人だ。
昨日施工者選定委員会に出席。応募した施工者から寄せられた提案につき委員が採用の可否を討議。
住宅建築11月号が刊行された。25年ほど前、増山さんたちが田中さんの指導を受け手がけた民家型構法による住宅、多分第一号だろう。その改修がトップ記事である。改修は増山さんの甥の設計である。とても上手。時間が流れて、新しい世代が手を入れる。民家型はこうしたことを可能にし、使い続けられていく。次がわれわれの「木造ドミノ」である。この二つの考え方が極めて近親の関係にあることにあらためて不思議な喜びを感じる。
30年後の「木造ドミノ」を想像する。その後の記事が稲山さんの自宅だ。記事の中に「いわむらかずお絵本の丘美術館」も登場。三つは連続した記事のように見える。そのほかの記事も充実している。編集部からのコメントに「ほかの記事も見てください」とあった。今号、自信満々なのである。是非ご購読を。
JIA大会が東京で開催された。三日間の会期である。昨日午後「2050年再生に向けて」と題するシンポジウムがあり出席した。環境建築賞発表、受賞者の講演もあり、ほかにも出る機会がある。また[npo団地再生研究会]もポスター展示をするなどの参加している。最初のこれにあわせ「建築家って」日刊建設通信社刊、がJIA20周年と建築家の職能告知を目的に刊行され、シンポジウムとも連動する「2050年から環境をデザインする」彰国社刊が環境行動委員会の手によって編まれ、出版、それからこれは刊行が間に合わず、まもなくの出版となるが同じく環境行動委員会の手によって「環境建築ガイドブック」建築ジャーナル刊が準備され、三冊の書籍が出版されつつある。これら三冊ともにかかわりを持った。数年後に迫るUIA大会を控えている。そうした中、こうした問題が当然浮上する。が、大きな社会的同意を得るため社会が「共有する大きな論理」がほしい、それはまもなく社会自体が用意するのであろう。半世紀後70パーセントのCO2削減の達成はそうした同意無しにはありえそうにない。
国交省住宅局総合整備課長井上さんの挨拶から始まる。福田首相の所信表明で200年住宅が標榜され、厚労省とともに安心住生活支援、福祉サービス拠点整備を進めるという施策の話。期待しよう。
松村秀一さんからは「あるけど何とかしたい」時代の「利用の構想力」という基調講演。コンファマというコロンビアのコミュニテイ施設の話が私の見聞し感心したブラジルの「セスキ」とよく似て興味深かった。サステイナブルソサエティとは成金的消費のつまらなさを客観視し「意図的な貧困」を引き受けその豊かさを試してみることではないか、と考えたことを思い出す。ここに通じる話だろう。
近角さんの求道学舎の解説は私には既知である。このプロジェクトの独創と面白さを再度確認できた。何より、廃墟?の再生に入居希望者のウエイティングリストができたことは勇気付けられる。新しい価値が社会に生まれつつある。
新狭山ハイツの毛塚さんに話をしていただく。「利用の構想力」にピタリ重なる団地経営、とても目が覚める。大切なのは何より自ら考え自ら実行する人であり、チームである。何ができるかはまさに構想であり、様々な知見が醸成されたときに独創が生まれ、力となる。成熟した当事者として能力を発揮する居住者が地域を自らが考え経営するフィールドにしつつある。期待したい。
「私の文化遺産踏査記」という本がある。ごぞんじだろうか。兪 弘濬というひとの著作だ。法政大学出版会から全三冊の邦訳が出ている。ただ三巻目が出るのにかなりの時間がかかった。その出版を待ちかねた記憶がある。これは愈氏の韓国国内のさまざまな寺社、文化財の踏査の記録であり、かの国のベストセラーといっていい出版のようだ。とても面白く、紀行文としてとしてもちろん第一級のものである。先刻私が浮石寺、屏山書院などを訪れた折、事前の知見資料としてとても役立った。こうした優れた著作に触れる楽しさは興奮を伴う。
時代がこれとは異なるが、岩波文庫が昨月と今月、プリーストリーの「イングランド紀行」上下二巻を刊行している。エドウィン・ミュアの「スコットランド紀行」に続いての出版である。この「イングランド紀行」が同様に面白い。1933年ころ、この作家は車でイングランドの全域を旅行する。不景気に包まれる綿糸羊毛などの産業都市、炭鉱の衰亡、キャドベリーチョコレートの企業福祉共同体、コッツウォルド、ナショナルトラストの30年代などさまざまな様態が活写され、当時のコミュニズムの位置などが面白いようにわかる。散らかった、汚濁にまみれた英国の諸都市がここにある。生産の状況は悲惨だ。日本もかなりの頻度で話題になる。産業革命、ビクトリア時代を経て半世紀か、なるほどと思いながら読む。今日訪れるイギリスはいかにもこの風景と異なる。ただし、ここに現れる風景が真実70年前の風景であったことに間違いない、とこの記録、そして今日の姿から思う。風景は様々に変転する。そして時として捏造される。
現場での打ち合わせ。好天、山々にゆっくりと雲のかかる、甲府らしい景観。
現場での詳細の整合を計るため赴く。あれこれと小澤の山田さんと協議。思いのほか時がたつ。
クライアントに会わずじまいのまま帰京。
「住宅建築」が我が家の取材である。清家さんの特集にどういうことか関連してのこと。大橋富夫さんの登場。撮影は午前から夕刻近くまで予想を超えて長時間であった。午後に平良編集長が到着。この機に、と声をかけた半田さん、そして増山さんご夫妻も着き、撮影とは別に話が盛り上がった。その後誘われていた鈴木工務店のパーティに全員で移動。真鍋、吉松、北田、秋山、斉藤、などの面々と懇談、かみさんも仕事帰りに駆けつける。例の襖絵を鑑賞。可喜庵、良い交流の場になっている。鈴木さんが地域でししていきたいと考えていることがここにあるように思う。大変な人であった。
汐留、松下電工のギャラリーでバーナードリーチ展が開かれている。とても興味深い展観である。センアイブスのリーチのアトリエの再生が進んであることと関係がある企画のようだ。柳宋悦、浜田庄司はじめ様々な日本人が出てくる。日本各地での仕事が紹介されている。特に小鹿田(おんたと読む)でのものに引かれる。リーチはリーチ、どこで作っても英国のにおいがする。日本民藝館所蔵のものが多いように見受けた。しかしまとまってこんな風に見せてもらえるのは,この機会しかないだろう。日本と西欧の応答。レーモンドのことを思う。時代もかなり重なっているはずである。長い期間開催されている。是非ごらんになられるといい。
地域住宅推進協議会の全国大会が富山で開かれ、中で地域住宅計画賞の表彰が行われた。地域住宅推進協議会とはホープ計画が名称変更し続く団体である。われわれのドミノが「すまい作り部門」で受賞、富山行きである。ほかに「まちづくり部門」「まちづくり活動部門」がある。そこでは地元富山と、沖縄竹富島が入賞している。半田君、迎川君同道。渡辺さん、三井所さんなど出席、金山町長もこの協議会で重要な役割を果たしている。そしてこの運動の主体のひとり、建研の岩田さんの基調講演を聴く。岩田さん、三春在住である。富山市の施策についても話がある。既存鉄道の軌道を利用するLRVの導入のうまさに感心する。岩瀬はその先にある景観保全の施策、市の修景等整備事業の対象地域であり、北回船の基地として潤ったところ。インセンティブを考えた修景事業の仕組みについての話も面白い。
講演の後、LRVに乗り見学に赴く。GKのデザイン、車両はヨーロッパ製であろうか、レベルの高いインフラである。JR駅高架化の後は南側へ延伸、既存の市内電車と接続する計画も大変優れている。ストックにいくつかの知恵を動員しきわめて高い効果をあげる、フライブルグ、クリチーバを思い起こさせる。岩瀬の町並みは急速に整備されつつある。中心の森家住宅が重文。説明の面白さに聞き入る。隣の馬場家の話で驚愕。今日、問題が浮上している東京中央郵便局の建築家、吉田鉄郎と深い関係のある家であったのである。吉田の作品集に数棟の住宅があり、それらがほぼ場馬邸である。烏山に建つモダニズムは見学したことがある。新宿牛込の和風住宅は最高裁判所長官公邸のはず。資料にははかに清彦邸、那須、熱海の別邸が載る。あの場馬邸の主の実家に遭遇するとは。吉田ほど知と技そして教養を持つ建築家はいない。ラスムッセンの翻訳、ドイツ語による自著、独自のロゴ、イラストレーション。何より「吉田鉄郎の手紙」に現われる人物がすごい。中央郵便局の存続を心から願う。浜焼きと酒で懇談。
二日目、本来の八尾行きを断念。金沢に向かう。今日まで21世紀美術館未見はまずい。先立って高岡案内、私は二度目であるが、もう一度と思い瑞龍寺へ。回廊、芝の緑。鉛屋根。半田君感興のあまり「すごい」三連シャッター音が響く。ドイツでの再生を見た後である。文化財でできることが、普通のことにならないか、と考える。気持ちの入った再生である。
そして金沢へ。美術館、復習していないのだが地下に多くのサポートが入れられているのだろう。丸い建物は利用者のもの。しかも無料のゾーンが周囲を取り巻いていてたくさんの来館者の賑わいがとてもいい。プログラムが新しい。それを関係者が知っていて、楽しんでいる、それを利用者が気付く雰囲気がある。ディテールが徹底している。よくできた建築である。ミースのナショナルギャラリー、見るべき「建築」を地表に置く。近似するものがある。展観は、姉妹都市バッファローのオルブライト=ノックス美術館のもの。アメリカの現代の作家が中心。こうしたものについての知識と興味が途絶えているのだが面白く見た。展示も秀逸。ピーターコイン、ディビットハモンズ、などにアメリカらしさを思う。ジェフウオール,初見。ソフィカルに触れる。日比野克彦の展観も併催。建物の外周円は日比野のインスタレーションのよって朝顔に覆われている。これはこれで美しい。今後種取イベントがありここの朝顔が各地に伝播するらしい。何より今夏の酷暑の幾ばくかの防御になったのだろう。中庭など直射は10月にいたっても厳しいものあり。この辺の指摘はしておこう。その後成巽閣へ。10メートルの柱のない縁側の曲芸のような怪しさを一応押さえて、兼六園へ。その後例のごときところを例のごとく散策。帰途。

実は大分前に内示があり公表を控えるようにとのお達しがあった、木造ドミノ住宅のGマーク選定が正式に発表された。東村山には早速幟がはためいているようだ。木造ドミノ研究会の旗揚げも近い。幸先がいいスタートになる。週の終わりには富山での地域住宅計画賞の表彰式も控える。
省エネルギーセンターHPでのエッセイを依頼された。今日はじめて開いてみた。ご覧ください。
「LとQということ」(『ロ・ハウスコラム』9月号 財団法人省エネルギーセンターサイト内)
吉村展の時の愛知芸大の模型がレーモンド展にあった件である。模型は奥村さんのところに持ち込まれた後、細部まで手を入れられ、手伝いも多数動員され?2ヶ月の再生作業で、樹木、敷地の一部だけでなく、建物まで作り直す大事業だったとのことだ。その後模型は愛知芸大に納められ、要請により鎌倉に展示されることとなったという経緯である。そうであればどこに手が入ったのか、もう少しじっくり見るべきだった。もう一度行こうか、とさえ思う。「この電話で展示されていることを知った」と喜ぶまことさん。是非お出かけください。そしてじっくり見てください。
神奈川県立近代美術館「アントニン・ノエミレーモンド」
ニューオータニ内の「寛土里」で成良由記子の個展が開かれている。昼休みに陣中見舞い。昨日届いた林寛治さんの妻アメリーさん二人展案内を渡す。いろいろ不思議な縁でこれ等の人がつながっている。成良由記子個展は今週末の日曜まで。下記で。
「林アメリー我妻淳二人展」は栃木県上三川のぎゃらりぃ萌で12日から21日に開かれる。アメリーさんのキルトがすばらしい。
「現代陶芸 寛土里」 東京都千代田区紀尾井町4-1ホテルニューオータニ(ロビー階)
「ぎゃらりぃ萌 」栃木県上三川町下神主522
雨の鎌倉近代美術館へ行く。充実したレーモンド夫妻の展覧会である。初期の絵画からノエミのテキスタイル、家具などさまざまな資料が展示されている。レーモンドはイームズ、アアルト、とともにおしどり建築家の典型であった。時代がさまざまに人々を翻弄する。レーモンドとフランクロイドライトの関係、レーモンドと前川、吉村、ナガシマ等スタッフとの交流のことなど示唆に富む展示がされている。赤星別邸、斉藤大使記念室など吉村順三のとても素敵な原図もある。しばらく時間をかけて見る。かって竹橋にあったリーダーズダイジェスト本社の端正さを思う。二階でコーヒーを飲み、雨の池を望む。ずいぶん以前、銀座松坂屋でレーモンド展があった。その折レーモンド夫妻と一言二言の挨拶をしたことを思い出す。一階ピロティに吉村、前川、増沢、ナガシマの展示。そこに吉村展で製作されその後奥村さんが立ち木を加え敷地整え修正した愛知芸大の模型がある。カタログを購入。松隈氏の寄せた文章がとても良い。この展覧会はアメリカにおけるレーモンド展によっている。その折プリンストンアーキテクチュアルプレスよりCRAFTING A MODERN WORLD THE ARCHITECTURE AND DESIGN OF ANTONIN AND NOEMI RAYMONDという詳細なレーモンド研究の書籍化がなされている。展観はこれら研究の成果によるのだろう。アントニンレーモンドがアメリカにおいて持つ意義の発見、それを思いながら見た。
本日、土曜。稲山さんの自宅のお披露目である。話は幾度も聞いていたので、なるほどこれでしたかという感じ。自宅の設計はなかなか大変のはず。説明にあわただしい稲山さん。二枚の妻壁はフィンランドのレッドパイン厚10センチの梁用集成材を二本合わせを連立させ耐力壁する、これに2×4のIビームを架ける。Iビームは中央で集成材の柱に納まる。会心の架構。「構造が見当が付いた後で細かいところが気になった」とのことでいたるところに手が入っている。
あえて、僕だったら、と考える。サポートとインフィルの明確な分離、これを徹底することをもっと考えたのではないか。建築はさまざまなエレメントが寄り添う。それを整理し分離する、その徹底とその難しさを考えた。